2019年度を振り返る

2019年度を振り返っておきたいと思ったが、深い考察を書いている時間はないので、「あとで掘り下げたい」と思うポイントを備忘録的にメモするに留めることにした。それも、気になったこと全てというよりも、流通業界に関連することを中心に2点だけ*1

1つは、コンビニエンスストアのビジネスモデルが再考を余儀なくされつつあるということである。24時間営業をやめる?やめない?といった論点は、ここ数年、継続的に議論されてきたが、昨年度は、いよいよフランチャイザー(FC本部)の側にも、24時間営業を必要不可欠とする姿勢を軟化させ始めたかにみえる動きが目立った。床屋談義的に言えば「従来型のコンビニのやり方は時代遅れになりつつある」ということに尽きるのだろうけれども、流通論的には、もっと大きな文脈で議論されるべきトピックといえるかもしれない。

元々、コンビニのビジネスモデルは、衣・食・住フルラインの品揃えを安価に取り揃えるGMS的ビジネスモデルのカウンターパートとして誕生した。最初の頃は、「スーパーよりも貧弱な品揃えを、スーパーよりも高く販売する」業態と受け取る業界関係者も多かったと聞く。しかし、「品揃えの豊かさ」、「安さ」よりも「利便性」を販売する業態としての評価が定着すると、コンビニは、日本の消費財メーカーにとって主要な販売チャネルの一画を構成するようになっていった。「24時間営業」は、その「利便性」の重要な構成要素の1つであった*2

だから、コンビニが24時間営業をやめるという事実は、一般の人が考える以上に、流通研究者にとっては衝撃的である。何かこう、大きな時代のうねりを感じる。近い将来、流通論のベーシックな教科書にも、書き換えを要する箇所がいくつか出てくるであろう。どのように書き換える必要があるのか。本当はその話を掘り下げて書きたいところであるが、本気で執筆するとなったらまとまった時間が必要になるので、今日はこのへんで勘弁していただきたい。

2つめは、割と直近の話になるが、例の新型コロナ騒ぎの影響で、マスクや消毒用アルコール、さらにはトイレットペーパーまで、小売店頭から消えたことである。中でもとくに印象深いのは、トイレットペーパーが品薄になったことである。マスクや消毒用アルコールが品薄になることそれ自体は、ウイルスの感染拡大を防ぐために、明らかに必要な商品であるからして、さほど不思議な話ではない。しかし、トイレットペーパーはかならずしもそういう商品ではない。しかも、トイレットペーパーは本当はそこまで不足していなかったにもかかわらず、消費者の間に不安が広がり、買い溜め行動が誘発されたとの議論もある。

まるで石油ショックである。トイレットペーパーを求める主婦たちが殺到し、戦場と化した小売店頭。教科書でしか見たことのなかった、あの光景を彷彿とさせるには十分である。「昔のこと」だと思っていたのに、そんな出来事が現代の日本でも生起することになるとは…

流通論の教科書的には、生産と消費の間にはいくつかの懸隔(へだたり)があって、流通システム(流通過程)の構成主体は、そうした懸隔の架橋を至上命題として活動している、と議論される。それらの懸隔は、古典的配給論ルーツの3懸隔(所有懸隔・空間懸隔・時間懸隔)に加えて、価値懸隔と情報懸隔の2つを加えた、5つの懸隔に整理される*3

これら5懸隔のうち「情報懸隔」は、流通システムの川上側が保有する情報と、川下側が保有する情報の非対称性のことを指す。たとえば、商品の品質や在庫状況に関する情報は、川上側に偏る傾向があるのに対し、商品に対する需要の多寡に関する情報は、川下側に偏る傾向がある。教科書的には、システムの構成主体(卸売業者や小売業者)が頑張ることで、上記のような情報の偏在が解消され、売買・取引の円滑化、ひいては、経済的循環の促進に結びつくことが指摘されてきた。

けれども、上述した石油ショック的兆候(トイレットペーパーの品薄化)は、新型コロナ騒動の状況化において、むしろ、システムによる情報懸隔の架橋がうまくいかなかったことを示唆している。そもそも、インターネットやスマホの普及率が飛躍的に高まり、消費者も、小売業者からのみ商品の在庫情報(供給量に関する情報も含む)を入手するような時代ではなくなった。悪質なデマも含めた、さまざまな風評がインターネット上に乱れ飛んでおり、そうした情報に消費者行動がかく乱されることも、珍しくなくなっている。

今回の騒動によって、消費者側の保有する情報チャネルが多様化していることも念頭において、流通システムの理論を再構築する必要があることを、改めて再認識させられた。その必要性自体は、多くの研究者が認識してきたのだけれども、実際にやるとなったら大仕事で、みんな、なかなか手がつけられないのである。田村正紀『流通原理』(2001年)以降、そうした試みのアップデートは提示されていないのではないかと思う*4

 

*1:実はこれでも流通研究者の端くれなのである。

*2:もちろん、コンビニのビジネスモデルを本気で説明しようと思ったら、「多頻度小口配送」とそれを可能とする物流システムの構築に触れる必要がある。ただし、その話は長くなるので今回は省略。

*3:cf. 鈴木安昭・田村正紀(1980)『商業論』有斐閣。;田村正紀(2001)『流通原理』千倉書房。

*4:ただし、最近、大学院生の頃のようには本を読めていないので、比較的近年発表された本の中にそうした試みの事例が存在する可能性も、皆無ではない。もし存在したなら、ごめんなさい。