「楽しい!かわいい!をつくる松丸大作戦」がすごい!

9月1日から10月1日にかけて、「楽しい!かわいい!をつくる松丸大作戦」なるセミナーが松野町で開催されるとのこと。私も研究室の有志学生と一緒に参加してみるつもりである。

「楽しい!かわいい!をつくる松丸大作戦」ポスター(表面)

「楽しい!かわいい!をつくる松丸大作戦」ポスター(表面)

「楽しい!かわいい!をつくる松丸大作戦」ポスター(裏面)

「楽しい!かわいい!をつくる松丸大作戦」ポスター(裏面)

 

聞くところによると、松野町中心部の歴史的建築物を「教材」にして、利活用案をグループで検討し、専門家からアドバイスも受けながらブラッシュアップしていく、という趣旨のセミナーになるようである。

ちなみに、「参加費500円」は1回あたりの金額ではない。全6回分の金額になるとのこと。したがって、3回参加しようとも、5回参加しようとも、全6回参加しようとも、かかる金額は500円ぽっきりである。念のため。

ところで、このワークショップイベント。控えめにいってすごいと思う。以下、どこがすごいのかを語ってみたい。が、要点だけは先にまとめておく。

  • セミナーを運営するナゴノダナバンクは、商店街活性化および有休不動産の利活用の世界では、日本で最も注目を集めるまちづくりグループ
  • そのナゴノダナバンクが、スキームを「歴史的建造物」に「転用」するチャレンジングな企画
  • 有休不動産物件の利活用案を参加者自らが実際に考え、ナゴノダナバンクの方々は専門家としてのアドバイスで応じる。参加者は時間をかけてブラッシュアップを繰り返す。そんなセミナーの受講料はたったの500円!
  • ナゴノダナバンクの市原正人さんや藤田まやさんと「お友達」になれるだけでも価値のあるセミナー
  • 南予地方で遊休不動産を活用した店舗の新規開業を考えている人は、日程の都合がつくのであれば絶対に参加した方がよい。「松野町内での起業を考えている」必要はかならずしもない。

ナゴノダナバンクとは何者か?

このセミナーの主催者は松野町ということになっているが、「企画・運営」を担当するのは株式会社ナゴノダナバンクとある。このナゴノダナバンクとは何者だろうか? 商店街活性化やリノベーションまちづくりに興味のある方は別として、いたってフツーの愛媛県民の中でピンとくる人はむしろ少数派だろう。

結論から言うと、こと「商店街活性化」という分野においては、いま日本で最も注目されているまちづくりグループの1つである。

ナゴノダナバンクは、衰退の危機に瀕していた名古屋の円頓寺商店街を「復活」させた立役者でもあり、近年は「商店街オープン」というスキームの普及・啓発にも力を入れている。

円頓寺商店街の「復活」

円頓寺商店街とは名古屋市の中心部にある商店街の1つである。

goo.gl

円頓寺商店街の立地は、名古屋の中心駅の1つである名古屋駅*1からせいぜい1.5km程度、直線距離なら約1kmほどのところにある。元々は城下町・名古屋の商業地区として栄えたまちである。

しかし、昭和末期から平成にかけての円頓寺商店街はふるわなかった。交通体系に変化が生じたことにより*2、外部の人間からすれば「行きにくいまち」になってしまった。かといって、若い新規の住民が移り住んでくるようなまちかというとそういうこともなく、古くからの住人以外は寄り付かないまちになっていた。

後継者がなく閉じる店舗が年を追うにつれ増えた。昭和には五〇店舗以上あった円頓寺商店街の店は平成に入ってしばらくすると二三店舗にまで減ってしまっていた。円頓寺商店街の長さは二〇〇メートルほどだから、そこに片側一二店舗ほどしか開いていなければ、商店街としての機能も見た目も深刻な事態だっただろう。*3

2000年代後半から2010年代前半にかけての時期に、この円頓寺商店街の空き不動産物件をうまくリノベーションし、魅力的な店舗の誘致に注力するまちづくりグループの活動が活発化した。当初、「那古衆」(那古野下町衆)というボランティアグループの中の「空き店舗対策チーム」がそうした活動を担い、その後、このチームを母体にして2009年に「ナゴノダナバンク」という組織が結成された。現・ナゴノダナバンクの市原正人さんと藤田まやさんは、那古衆「空き店舗対策チーム」時代から円頓寺のまちづくりに携わってきたキーパーソンである。

さて、このナゴノダナバンクはどのようなことをやってきたのか。端的にいえば、空き不動産物件の持ち主と借り手を結びつける活動に注力してきたといってよい。とはいえ、この説明だけだと、全国津々浦々で試行されている「空き家バンク」と何が違うのか?という話になりそうである。私見になるが、ナゴノダナバンクの取り組みの画期性は、メンバーの中に建築家(市原正人さん、斎藤正吉さん)が含まれるため、単なるマッチング事業(空き家バンク)よりも踏み込んだ形で、利活用方法を提案できるところにある。

象徴的な例を1つご紹介したい。以下の写真の喫茶店兼雑貨店。元々は焼き鳥屋だった。お客さんは入口から入り、左に90度転回する形でカウンター席に腰かける。カウンターの内側に厨房があり、壁面は食器棚になっている。実を言えば、壁の向こう側には、植栽付きのロータリーがある。市原さんたちは、店舗の中からそれが見えるといっそう素敵な店になるのではないかと考えた。

円頓寺界隈の喫茶&雑貨店(2015年8月訪問)

円頓寺界隈の喫茶&雑貨店(2015年8月訪問)

円頓寺界隈の喫茶&雑貨店(店内)

円頓寺界隈の喫茶&雑貨店(店内)

店舗脇のロータリー

店舗脇のロータリー

市原さんたちは、壁に穴を開けて窓をつくり、焼き鳥屋時代のカウンターは撤去。ロータリーを借景にしながらくつろぐことのできる客席空間をつくりあげた。テナントリーシングにも余念がなく、かねてよりお店をやりたがっていたお知り合いを誘致。金・土・日曜日だけ営業する、ワッフルが売りの喫茶店兼雑貨店がオープンすることになった。

できるだけ「素敵な」店を誘致することが、まちの魅力を向上させていくうえの基本戦略になる。建築物そのものに手を加えることができれば、あるいは手を加えることができるだけの知識・スキルがあれば、平均的なマッチング事業のもう一歩先まで「踏み込む」ことができるのである。まちづくりチームに建築家が参加することの「強み」はこういうところにある。

もう1つ、象徴的なエピソードを。それは円頓寺商店街のアーケードである。

円頓寺商店街アーケード東口(2019年11月)

円頓寺商店街アーケード東口(2019年11月)

円頓寺商店街アーケード(2019年11月)

円頓寺商店街アーケード(2019年11月)

オーソドックスな商店街のアーケードは、もっと重厚なつくりをしている。アーケード専門の建築業者も存在するくらいである。しかし、円頓寺商店街では、建築家である市原さんたちが関わることで設計費用を抑え、使える補助金は使い、屋根の上には太陽光パネルを載せ、アーケードを架け替えた。完成は2015年。

オーソドックスな商店街のアーケードは、内部を歩くと、日中であれば薄暗く感じることもしばしばである。しかし、円頓寺商店街のアーケードは、屋根がアクリル板になっているため、下を歩く者に薄暗さを感じさせない。さすがに施工は業者にお任せしたものと思うが、「手づくり」に近い形で架け替えたアーケードといえる。日本の商店街でこれができるところはそうそうない。

他にも、サブリース(転貸)の方法論、物件持ち主への寄り添い方など、市原さんたちの蓄積したノウハウは多彩かつ豊富。すべてを余すことなく紹介するだけの紙幅はないため、ご興味のある方はぜひ、山口あゆみさんの以下の著書をご覧いただきたい。

小括。ナゴノダナバンクは、建築・設計の知識とスキルを持つがゆえに、一歩踏み込んだレベルで空き不動産のマッチングに取り組むことができる。どれくらいすごいかというと、(施主は円頓寺商店街振興組合になるものの)「アーケードのデザインを自分たちで考えることができる」ほど

「商店街オープン」とは何か?

ところで、ナゴノダナバンクの方々は、近年、新しい取り組みにも力を入れている。その1つが「商店街オープン」(ナゴヤ商店街オープン)である。円頓寺で培ったスキル・ノウハウも活用しつつ、名古屋市内に魅力的なまちを増やしていくための取り組みと考えてよい。

NAGOYA SHOTENGAI OPEN丨ナゴヤ商店街オープン

私なりの解釈を加えると、この取り組みは、概ね次のようなプロセスで進められる。

  1. ポテンシャルのある空き不動産のある商店街を選定
  2. その商店街の中で活用策を検討したい空き不動産物件を選定
  3. セミナー(ワークショップ)の参加者を募集(商店街のお膝元の住民でもいいし、外部からの参加者でもかまわない)
  4. 参加者に活用案を考えてもらう
  5. 活用案にナゴノダナバンクのメンバーをはじめとする専門家たちがアドバイス
  6. 参加者たちは自らのアイデアをいっそうブラッシュアップ
  7. 最終報告会を開催
  8. 実際に新規開業する参加者が出現すれば全力で支援

また、ナゴノダナバンクの市原さんと藤田さんは、松山商工会議所が昨年12月に企画した勉強会に講師としてご参加されている。この勉強会のメインテーマもほかならぬ「商店街オープン」であった。ネット上でログも参照できる。ご興味のある方はご覧いただきたい。

令和4年度人材育成事業研修会|松山商店街通信てくてく|MSP 松山商店街プロジェクト|愛媛県松山市

まとめると、「商店街オープン」とは、空き不動産物件で「何かをやってみたい」人向けのセミナーである。参加者の考えたアイデアに、講師役の専門家が惜しみないアドバイスで応じる。アドバイザーである専門家たちは、店舗経営のスキル・ノウハウ、建築・設計のスキル・ノウハウを持っている。また、そうした専門家と「お友達」になれるところも、この企画の魅力といえる(複数回、真面目に取り組んだ「筋のいい人」限定になるとは思いますが…)。

成果も出ているようである。既に「商店街オープン」を実施したことのある商店街ないしエリアは9つほどで*4、「喫茶モーニング」(駅西銀座通り商店街)、「かさでらのまち食堂」(笠寺観音商店街)、「シバテーブル」(柴田商店街)、「みんなで駄菓子屋」(新大門商店街)など、実際の開業事例も蓄積されつつある。

ちなみに、ナゴノダナバンクの方々が、「商店街オープン」と併行して進めてきた「machico」(まちコーディネーター養成講座)は、名古屋以外の他都市に「輸出」される状況になってきた。「商店街オープン」のスキームも、これから他のまちに拡がっていくのではないかと思う*5

なぜ松野町なのか?

では、そのナゴノダナバンクの方々が、なぜ松野町でセミナーを開催するのか? 端的に言えば、市原さんたちが松野町を気に入った。これが大きい。

市原さんが松野町を初訪問したのは、2021年度末。文化的景観絡みの調査で、文化庁側の委員として松野町入りされた。その時に、松野町のポテンシャルを実感したとお聞きしている。市原さんは、円頓寺商店街の活性化のみならず、常滑方面の古民家再生にも携わっている。だから「商店街」のみならず、古民家、歴史的建造物なども守備範囲に収まるのである。松野からの帰り道で、私の住む松山にも立ち寄り、道中で観た茅葺き屋根の古民家の魅力について熱く語っておられたのを、覚えている。

…と同時に、「商店街オープン」のスキームを、歴史的建造物や文化財に「転用」してみるアイデアも、この頃、既に温めておられたのではないかと、私は推測する。そして、市原さんたちの着想は、町内に点在する歴史的建造物ないし不動産物件の活用方法について頭を悩ませてきた松野町(教育課?)の思惑とも一致し、今回の企画(松丸大作戦)に結実したのではないか。

開催場所までのアクセス、開催回数の多さなどを考えると、広域から集客するのはなかなか難しいかもしれない。けれども、「学ぶべき人」に情報が届き、愛媛のまちづくり人材の裾野が広がると、私としても嬉しい。それで、少しでも「援護射撃」になれば、と思い、この記事を書いている。

市原さんや藤田さんと「お友達」になれるだけでも価値がある?

今回のセミナー。ナゴノダナバンクの市原正人さんと藤田まやさんが松野にお見えになる、とお聞きしている。ウェブサイトのメンバー紹介ページを改めてご覧いただきたい。

about | ナゴノダナバンク

このエントリーでも再三にわたってご紹介した市原正人さんは一級建築士。建築家としてのスキルをプロボノ的に活用して、円頓寺商店街を「復活」に導いた立役者の1人である。

もう1人、講師としてお越しになるであろう藤田まやさんは、市原さんと一緒にナゴノダナバンクの代表取締役を務めている。円頓寺商店街の老舗化粧品店「化粧品のフジタ」の娘さんでもある。円頓寺界隈との地縁を活かして、商店街関係者や地域住民との調整役としても活躍。円頓寺商店街が生んだ「まちコーディネーター」である。

円頓寺オンライン商店街 / 化粧品のフジタ

今回のセミナー(松丸大作戦)。松野町で何かをし始める気などなくても、十分にメリットのある企画である。市原さん、藤田さんとお知り合いになれるのだから

もっとも、市原さんや藤田さんは、おそらく全国各地で様々な立場の人と名刺交換している。たぶん一度会ったくらいでは覚えてもらえない。しかし、今回のセミナーに参加して、真摯に取り組み、爪痕を残して帰れば、さすがに市原さんと藤田さんの記憶に残る。「あぁ、松野のセミナーで頑張ってくれた〇〇さんですね」と。

折に触れ助言をいただけるような「お友達」になれたなら、それこそ一生もののソーシャルキャピタルといえるだろう。今回のセミナーにはそうした価値もあるように思われる。

どんな人におすすめか?

最後に、私がこのセミナーを人におすすめするとしたらどんな人におすすめするか? 補足しておきます。

南予地域で店舗の新規開業を考えている社会人

最もおすすめしたいのが、この属性の方々。

商店街活性化ないし有休不動産の利活用に関していえば日本でトップクラスの講師陣にたった500円でレクチャーしてもらえます。松野町で起業するつもりがなくても構いません(もちろんあっても構いません)。松野町に実在する物件を「教材」にして、利活用案を考えてみることに意味があります。あわよくば、物件の賃貸借、あるいは取得などに関する悩み事・心配事にも相談にのってもらえるかもしれません。そうした経験の積み重ねが、実際の起業に際してかならずや活きます。

歴史的建築物が解体されると心が痛い人

この属性の方々にも超おすすめです。先述したように、市原さんたちは、商店街の活性化のみならず、古建築保存の分野での実績を上げてきました。市原さんたちならさまざまなスキームをご存知です。

そして、この手の話は、現実の物件を「教材」にして学んでいくべきだと思います。「この物件を、このような形で利活用しようと考える場合、お金は足りるか? 制度の壁はあるか?」。そういう方面のアドバイスは、専門家である市原さんたちがきっとくださるでしょう。また、自分の地元の物件の保存方法について、「お悩み」があるなら、ぜひ市原さんたちに相談してみてください。その場で答えられることなら、きっと答えてもらえると思います。

愛媛の地方銀行の行員さん

案外、こういう属性の方々にとっても大いに意味のあるセミナーではないかと思います。店舗を新規開業しようとするクライアントがどんなプロセスを踏んでお店をつくっていくのか?本当の意味での「バンカー」になりたければ、そうしたプロセスについて肌感覚をもって理解しておく必要があると思います。

松野町・鬼北町在住の高校生

このセミナーは、やるからには3~4回以上は出席したいところ。「足」を持たない学生さんの場合、松野町や鬼北町あたりが「生活圏」になるようでないと、なかなか参加しにくいのではないかと思う。そうなると、松野町内ないし鬼北町内から、北宇和高校ないしは宇和島市内の高校に通学していて、あわよくば予土線の定期券を持っており、なおかつまちづくり・地域づくりに興味があるような、そんな学生さんの参加に期待したいですね。

そんな学生さんがもしおられるなら、絶対に参加してください! 商店街活性化や有休不動産利活用の分野なら、いま日本で最もアツいまちづくりグループのキーパーソンが近くまでいらっしゃるわけですから!

松野町・鬼北町近辺がご実家の大学生

松山市内の大学に通う大学生のうち、ご実家が松野町・鬼北町近辺の方で、なおかつまちづくり・地域づくりに興味のある学生さんがいるとありがたいですね。継続的に参加するためには「足の問題」が解決する必要があるので、「帰省中に通うことができる」という属性を想定してみました。

(とはいえ、滑床渓谷のキャニオニングで「季節労働者」をやりつつ、このセミナーにも通う、という方法もありでしょう。そうなると、実家が近隣にある必要はかならずしもなく、9月中の都合がつきさえすれば県内外どこからでもウェルカム、ということになります)

このセミナーに参加するということは、端的に言って、日本を代表するまちづくりグループ=ナゴノダナバンクのインターンに参加したようなものだと思います。オーソドックスな企業さんのパッケージ化されたインターンとは比べるべくもなく、エキサイティングな経験になるでしょう。よろしくご検討ください。

*1:1番の中心は栄でしょう。

*2:1974(昭和49)年の路面電車全廃、1976(昭和51)年の堀川駅廃止など。山口あゆみ(2018)『名古屋円頓寺商店街の奇跡』講談社講談社+α新書), p.30.

*3:山口あゆみ(2018)『名古屋円頓寺商店街の奇跡』講談社講談社+α新書), p.34.

*4:代表例は、西山商店街、駅西銀座通り商店街、笠寺観音商店街、堀田本町商店街、柴田商店街、新大門商店街など。

*5:どちらかといえば私は、商店街活性化のための取り組みが「モデル事業」化されて「横展開」され始めるとロクなことがないと思う側の人間である。ただし、かつて「商店街活性化三種の神器」と呼ばれることもあった100円商店街、バル、街ゼミと違って、「商店街オープン」は「そのまちが直面している環境条件のことも勘案しながら、じっくり考える」ことに重きを置いており、それゆえ「表面だけをマネる」事例が生み出されるリスクは相対的に小さい。あまりにも急速に「横展開」すると、講師役の人材が足りなくなり、アドバイスのクオリティを担保できなくなる可能性はあると思うが、まだその心配をするフェーズではないようにも思う。